【新旧で好きな写真集を選んでみた】
①『写真家・白洲次郎の眼』

誰しも好みの写真集があると思うが、個人的には「抽象的な作品の為の作品」よりもストーリー性があるSNAP写真が好みだ。
商業写真家としての知名度と実績、作品の完成度共に素晴らしいソールライターは幅広い層に人気がある。歴史的に著名な写真家による数々の写真集も時代を超えて輝きを放っている。そして無名のアマチュア写真家として人知れず生涯を終えた後に、遺品のネガフィルムがオークションで偶然に発見されて有名になったヴィヴィアン・マイヤー等、作家の人生も写真集同様に様々だ。

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今回紹介する一冊目は昨年2022年5月に初版刊行された「白洲次郎の眼」。

1930-1939年当時の国際色豊かなSNAPに目を引かれる。白洲が30歳代であった頃。
当時は世界恐慌後、第二次大戦突入前までのアールデコの時代に相当する。TVドラマシリーズ「名探偵ポワロ」が活躍した時代背景と全く同じであることは、当時の服飾観点の時代考証からも興味深い。白洲の愛機ライカⅡ型(DⅡ)で撮られたSNAPの数々が非常に新鮮に映る。
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白洲が使ったライカⅡ型(DⅡ)と同型モデルをライカ銀座店で撮影。
恐らくレンズもこの写真と同型のエルマー50mmを使ったものと想像する。
1930年代当時は『ライカ1台、家一軒』と言われた時代である。
白洲家の地位と財力が桁違いであったことがこの点からも垣間見える。

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写真集では英国、スイス、フランス、アメリカ、船旅クルーズ(洋上)、ドイツ、そして日本が舞台となっているのだが、当時の日本人でここまで世界中を股にかけて撮影した人を他に知らない。それもビジネス界や上流階級の服飾様式、そして各国の車や建造物、男性の眼鏡は万国共通で大戦前までは皆、丸眼鏡のみ(註1)であったことなどを眺めるだけでも実にノスタルジックな気分に浸れる。と同時に、欧州は当時と変わらぬ景色を今も保っていることにも改めて感慨を深める。

(註1)ウェリントンやアイブロータイプが爆発的に広がるのはプラスチック製品の開発と共に50年代に入ってからだ。

40代に入ると終戦後のGHQ占領下では吉田茂の側近として事務方交渉窓口としてGHQと渡り合い、その後は経済界の重鎮として大活躍したことは御存知の通り。その時代に果たして白洲がライカを手にして撮影する時間や写真への興味があったのかは定かではないが、今回の写真集は彼が当時、”OILY BOY”(註2)とも呼ばれたエネルギッシュで好奇心に満ち溢れた「人生の成長期過程」での写真であるがゆえに、写真の美味い下手を超越して滲み出てくる「世界への興味」と「彼の視点」を堪能できる。そして、彼の父親がハーバード大学に留学し、彼自身もケンブリッジ大学で学び交友を広げた英国留学時代を通して欧米流の「ノブレス・オブリージュ(noblesse oblige)」(註3)の精神がDNAとして宿り、更に深く強く育まれたことだろう。そうした時期に撮影されたのが今回の写真集ではないかと感じている。

(註2)「オイリーボーイ」とは和製英語で、車が趣味で毎日のように油まみれになっていた白洲次郎のニックネームが語源と言われる。
(註3)フランス語で高い社会的地位には義務が伴うという欧米社会に浸透した道徳観。英語では「noble obligation(ノーブル・オブリゲーション)」という。

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この写真集発刊の契機となったのは、彼の終の棲家である「旧白洲邸・武相荘」の屋根裏から36枚撮りの14本のネガフィルムが約90年の時を経て見つかったことに起因する。そして、写真集では若かりし白洲次郎の愛用品7点の写真紹介もある。KANGOLのベレー帽まで登場するのだから意外やら嬉しいやら。

これらを見て即座に思い出すのは、作家ヘミングウェイの愛用品の数々に焦点を当てた今村楯夫・山口淳共著の『ヘミングウェイの流儀』。そして、前述したように一般人であったヴィヴィアン・マイヤーのネガフィルムや未現像フィルムが彼女の死後に偶然、オークションで見つかったストーリーである。
英国留学や度重なる海外出張を通じて培った国際的センスと愛用品の数々は恐らくヘミングウェイのそれに勝るとも劣らないものがあったことだろう。事実、白洲はハリスツィードを着てハンティングの趣味に興じたり、愛用時計の中にROLEX オイスター(Non-Date)の18K黒文字盤モデルがあったり、そしてケンブリッジ大学留学時代を機に英国式トラッド文化・精神・服飾にもどっぷりとその後の人生ごとハマった姿などは3歳年上のヘミングウェイの趣味嗜好ベクトルと瓜二つだ。
尚、更なる愛用品については新潮社刊「白洲次郎の流儀」に写真と共に紹介されているので、ご興味あればご一読されたし。
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いつか機を見て町田市鶴川にある「武相荘」を訪問してみよう、という気持ちが沸々と湧いてきた。

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【自分にとってのバイブル的な写真集がこちら】
②篠山紀信『橋をわたると』

二冊目は奇しくも篠山紀信が白洲と同じ36歳当時に撮影した「橋をわたると」。
1976年にカンタス航空がオーストラリアの宣伝配布用に作成した非売品の写真集だ。
200枚を超える写真は篠山紀信が約2週間に亘ってオーストラリアで撮り下ろしたSNAPであり、彼が一人の旅人としての目線で撮影したもの。
オーストラリアの観光地巡りでもなければ、名所旧跡を撮ったものでもない。
オーストラリアが国として生きるありのままの日常をSNAP撮影したものだ。
もう約半世紀も前の写真集でありながら、未だに新鮮で見る度に惹きつけられる。

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冒頭のカンタス航空の挨拶には次のような一文があるので抜粋する。

『この本は、これから、どこかへ海外旅行へ行きたいと思っている若いあなた、あるいは、若々しい気持ちに満ちているあなたへ、カンタス航空がおとどけする新しい旅の本です。
(中略)
この本は、一枚一枚が確かな手ごたえを持った篠山紀信の写真を通して、あなたにとって旅とは、人間らしさとは何かを、あなたと一緒に考えて行こうとする新しいかたちの旅の本といえるかも知れません。そういう意味で、すでに海外旅行の経験をおもちで、しかも、もういちど行きたいと思っている方に、あるいは、新しい人生の門出を飾るハネムーンを海外旅行で、とご計画の方に、さらにまた、海外旅行はまったく初めてという方にも、ぜひ、ごらんいただきたいと思います。きっと、それぞれに、それぞれの「何か」を、この旅の本から感じとっていただけることでしょう。 (後略)』

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写真に映っている若者達は、今日では皆、50~60歳を超えている。
それぞれが半世紀に亘る今日までの人生を楽しんできたのであろうか。
そして、彼等同様、自分自身も歳を重ねてきた。
更には、半世紀前と比べれば我々のライフスタイルも、
地球環境も想像を絶する速度で変貌している。
自分の歩んできた人生を重ねて見ると、自然と胸が熱くなる。

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最終ページには撮影した直後であろうか、篠山紀信が写っている。
あのアフロヘアーっぽいアイコニックなモジャモジャ頭が懐かしい。
雑誌GOROで彼が『激写』シリーズを開始した直後の時期でもあるが、
彼がこのような感動的なSNAP SHOOTERの名手でもあったことに舌を巻くのみだ。
ミノルタXE、X1、ハイマチックの三台のカメラで撮影されたといわれる白黒写真だが、
じっくり眺めていると自然にカラー写真として脳内で自分の色彩に変換される。
もう47年前の非売品の写真集なので紙も薄く、可成りへたってきたが、
心に残る好きな写真集を一冊選べ、と言われれば、
今でもこの「橋をわたると」が筆頭となる。

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まさに、自分にとってのバイブル的存在の写真集であり、
このような写真を一枚でも良いから自分もいつか撮れるようになりたいなぁ、
と長年憧れの写真集でもあるのだ。

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写真は
もっと
楽しい。

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(2023/10/3公開)8863  ※ブログ内容は随時、加筆修正しています。

ゼンマイオヤジ

ゼンマイオヤジ

2023年になっても愛機ラジオミールがゼンマイオヤジを離さない。
でもロレもオメガもセイコーも、フジもライカも好みです。
要は嗜好に合ったデザインであればブランド問わず食いつきます。
『見た目のデザイン第一主義、中身の機械は二の次主義』

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2 Comments

  1. 鈴木隆浩

    またまたすごい写真集などの紹介ブログでした。白洲次郎が撮影したという写真は初めて拝見しましたし、篠山紀信に憧れて、ミノルタX1を購入したことも思い出しました。
    当時は、ニコンF2、キャノンF1がフラッグシップで、私は少し路線を外してミノルタX1やコンタックスRTSを購入したんです。でも、なにげに今はOM-1が本当によくできたカメラだと思ってます。
    tommyさんは、こういう勉強もされていて、本当にすごい。

    1. ゼンマイオヤジ

      フィルムカメラの銘機には永遠の美とデザインが宿ります。そんなカメラで撮った写真集には時空を超えた感動が詰まっている気がします。「白洲次郎の眼」は詳しく紹介できないので、是非、書店でご覧ください。

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