【イエローの光、そして、見えないファインダー】
夕方の光は、イエローだった。
ビルのガラス窓を斜めに滑っていく。僕は歩みを停めた。路肩に寄って、少しだけ身体を休ませつつ、ビルの景色を眺めていた。
ライカM EV1が発表されたと、そのニュースがスマートフォンのスクリーンに表示された。576万ドットの有機ELパネル。M型ライカにレンジファインダーではなく、電子の目が付いた。かつてレンジファインダーの二重像を凝視していた者たちへの、新しい提案。だが、140万円近い価格と、IBIS(手ぶれ補正機能)の不在。そして、M型デジタルから受け継いだ、独特の起動時間。それは、まるで、僕の恋人に対する期待を、現実が少しずつ削り取っていくような気分に似ていた。
隣を、若い女性が電動アシスト自転車で通り過ぎていく。手には、飲みかけのコカ・コーラのボトル。僕は、彼女の後ろ姿を、ただぼんやりと見つめていた。
ライカM EV1の発表を、僕は歓迎すべきなのか、それとも、少し寂しい気分になるべきなのか、わからなかった。新しいテクノロジーを詰め込んだM。期待していたEVF搭載機だ。
しかし、それは、僕がMに求めていたものとは、少し違う気がした。
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【140万円の「見えない」欠陥と、LUMIX S9に夢見る「近未来」】
夜になると、街の光は、さらに輪郭を鮮明にする。僕は、LUMIX S-9に思いを馳せる。
このコンパクトなフルサイズカメラには、コールドシューしか付いていない。外付けEVFを装着することはできない。だが、僕は、その「見えないファインダー」こそ、S9が持つ、ある種の美しさではないかと思う。EVFに頼らず、液晶モニターだけで構図を決める。それは、まるで、ストリートスナップの達人が、ファインダーを覗かず、腰だめでシャッターを切るような、そんな潔さがある。
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S9の良さは、486gというその軽さ(ライカM EV1と略同等)、そして、IBIS搭載と時代の最先端を行く多種多様なデジタル機能にある。夜の街角で、手持ちで写真を撮ることは日常茶飯事の普通の行為となる。少しだけシャッタースピードを落として、街の光の軌跡を捉える。ライカM EV1では、それは難しいだろう。M型という高価なカメラを、慎重に、ゆっくりと構える。だが、S9は、僕の気分に、もっと軽やかに寄り添ってくれる。
それは、まるで、昔の恋人が、突然、僕の目の前に現れて、まるで時間が止まっていたかのように、あの頃のままの笑顔を見せてくれた、そんな感覚に近い。
なぜライカはIBISを搭載しなかったのか?その「欠落」は、ライカにとっての「本質」とは何か、を我々ユーザーに問いかける機会になっている。あるいは、それが「不要」とされる、一部の固定的なユーザー像を浮かび上がらせることにもつながっているとも言えるだろう。
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【M型ボディと二重像。ライカM EV1が語る「見えない」コスト】
ライカM EV1は、ライカというブランドの、新しい挑戦だ。しかしそれは、あまりに高価で、僕たちの日常から、少し遠い場所にある。お世辞にもM型ライカへの入門機などと言うことは出来ない。いわんや若者や初心者に軽々に勧めることなどは論外だろう。いや、他人様にはどうこう言うべきことではない。あくまで自分の許容範囲にあるかないかが問題なのだから。
一方、LUMIX S-9は、僕たちのありふれた毎日に、もっと優しく寄り添ってくれる。外付けファインダーに頼らない潔さ。そして、強力な手ぶれ補正機能。それは、街の光を、僕の感情を、そのまま切り取ってくれる。しかし、僕にとってのカメラの本質とはあくまでファインダーを覗きながら被写体を切り取って撮影する体験に宿っている。背面液晶はどんなに高精細でも二の次、三の次の補完的な役割に過ぎないのだ。EVFがないからこそ、液晶モニター越しに世界と対峙する「新しい潔さ」が生まれる、などとポジティブに捉え直すことにも限界が生じているし、それは自分自身を欺くことでもある。あえて不便を受け入れることで、得られるものがある、と理解しようとしてもどうしても納得できない自分がいる。
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過去に何度も述べてきたように、EVFを搭載したLUMIX S-9こそ時代が求めているカメラであり、レンズ交換式の箱型デジタルカメラの究極のモデルだと思っている。
僕は「ライカ原理主義者」ではないので、ライカレンズを他社製カメラで利用することに抵抗はない。むしろ、他社製の独自性があるカメラや高度なデジタル技術や色彩が紡ぎ出す絵を、小さなライカMマウントレンズと組み合わせて楽しむことを自分なりの撮影の糧にしている。
レンジファインダー式M11で撮る絵と日本製の優秀なEVF付き箱型ミラーレスカメラで撮る絵を、その日、その場の雰囲気と気分で使い分けるのが個人的な理想である。最新のMマウントレンズには6ビットコードがあるとは言え、電子接点ではない。よってEXIFデータも実際のレンズを通過する光のデータとは微妙に異なるカメラ側での計測数値が記録されることになる。M/EV1においてもこれは変わらないことだろう。つまり、日本製の現行ミラーレス機とは思想も構造も機能も、根本的に異なるのがライカM/EV1ということだ。
長年、フィルムカメラもデジタルも使ってきたが、今、確信を持って言えるのは、好みの箱型カメラとはデザインの苦悩と妥協と無用な高画質から解放され、IBISを備えた標準的な機能性と全体デザインが優秀で誰もが気楽に扱える小型軽量な工業プロダクトであることだ。
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イエローの光の中、再び街中を歩き始める。
僕の胸には、もう、新しいM EV1への羨望はなかった。ただ、EVFが搭載された「新LUMIX S-9」の登場と、そのカメラで朝の光を撮る日が来ることを待ち望んでいる自分がいた。
そんな空想とも白昼夢ともいえない他愛もないことを考えながら、
明日もM11を片手に、心地良い空気感を感じながら近所を散策しようと思っている。
ようやく猛暑日続きの長いトンネルを抜けて、本格的な秋の季節が到来した。
今年も年末まであと二か月となった。
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過去の名作でもあるGM-5のように、是非ともEVF付きS-9の登場を切望している。
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(2025/11/01公開)144875 ※ブログ内容は適宜、加筆修正しています。
