【予想外の階段にてこずったフォトウォーク】
広島駅の北口を出て、歩調を少し緩めてみる。
五分か六分ほどで、石段の姿が視界にあらわれる。
長く連なった階段は、広島東照宮への入口だ。
東照宮という響きに、若い頃にバイクで幾度となく往復した日光の東照宮を思い浮かべる。
けれども広島のそれは、よりこじんまりとしていて、しかし確かな重さを宿している。
徳川家康への敬意と、原爆や火災で焼失しながらも、そのたびに再建してきた人々の執念が、石や木の肌に沈黙のかたちでしみ込んでいる。
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JR広島駅北口から二葉山を望むと、小高い丘の上に米粒ような仏塔が見える。
この後、あそこまで登ることになるとは夢にも思わなかった。
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今回もM11の三段活用を多用した。21mmレンズ1本で38mm相当まで撮影できるのが至極便利。
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日光東照宮の陽明門に相当する唐門。
51段の石段からこの先の二葉山への長い参道に通じる。
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唐門にある袖彫刻も美しい。写真は中国八仙人の一人、李鉄誘(りてっかい)。
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拝殿は本殿同様、原爆で焼失した為、再建されたもの。
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【軽い気持ちで約500段の石段に挑戦したが】
本殿の背後に伸びる二葉山の細い階段は、しだいに人を静かにしてゆく。段を踏むごとに足の裏に重みが加わるが、それはむしろ心の負担を剥ぎとる作用を持っているようだ。登り切った先に奥宮があり、ふいに視界が開ける。瀬戸内海の島々、遠く厳島の影、そして街を貫く川筋までもが、そこからは一望にできる。登りの疲れを吸い取るように風が吹き、しばらくは身体より先に心が解放される。
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奥宮に続く約120数基の朱色鳥居をくぐり抜ける。
紅葉前の10月初旬。すれ違う人は皆無だ。
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諸願成就の守護神・三狐呂稲荷大神
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ようやく到着した金光稲荷神社の奥宮。
残念ながら社殿は昭和61年に火災で焼失しているが、
広島駅や市街地、瀬戸内海を一望できる眺めが素晴らしい。
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【二葉山頂上の遊歩道は風雨のせいか荒れていた】
さらに上をめざすと、白くそびえる建造物が姿を現す。「二葉山平和塔」と呼ばれるそれは、インドやセイロン(現スリランカ)から贈られた仏舎利を奉安するために建てられた塔だ。異国から届いた祈りが、この地の祈りと重なって積み重ねられている。歴史の破壊と再生をくぐり抜けてきた広島の街に、この塔はまた別の層を与えている。仏舎利という響きの向こうに、見えない旅人たちの気配が漂う。
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【瀬戸内海を一望して】
標高139メートルの山頂にたどりつくと、そこにあるのはただの風景以上のものだった。
目に映る街並みも、海に散らばる島影も、どこか幻のように見えたのは、風が強かったせいか、それとも自分の疲労のせいか。レンズを構える指先は、現実を写そうとする。だがシャッターが切れるたび、画面に残るのは現実の奥に潜む揺らぎであり、それこそが写真を歩いて撮るという行為の報いなのだろう。
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沖合い右手には厳島(宮島)の三山が、左手には似島(安芸小富士)がクリアに見える。
こうした光景を味わえるのは海沿いの地方都市ならではの醍醐味だ。
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下りの500段の階段は辛過ぎたので、遠回りだが車道を下る途中で目にした、とある掲示板。
今年6月に89歳で亡くなった氏の名前を見て思わず立ち止まる。
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今回も21mmレンズの「三段活用」が重宝した。
ズームレンズのないM型ライカでは多用することしきりだ。
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人の記憶は必ず薄れる。
薄れる記憶は写真が救う。
カメラは記憶のタイムマシン。
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(2025/11/22公開)152400 ※ブログ内容は適宜、加筆修正しています。

500段、お疲れさまでした。
私だったら、クタクタになって、1週間は筋肉痛です。
21㍉三段活用、さすが。