【手巻きの素性はミルスペック準拠の軍用時計】
2017年11月に全世界に先駆けて東京キャットストリートの旗艦店で発売開始されたこのモデル。現在ではその後の改良モデルが広く国内流通しているが、コイツはTIMEX CAMPTER SST以上のインパクトがある。
KHAKI FIELD MECANICAL Ref.H69429931 NATOモデル(現行品はRef.H69439931)
今回は、以前、CWC G10シリーズでも述べたミリタリーネタの中核である。
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HAMILTONについては説明するまでもないが『アメリカン・ブランド』であった。
今でこそSWATCH GROUP傘下のスイスメゾンであるが、往年のアメリカ時計の中興の祖である。
1892年創業だから当時の日本は日清戦争前。
アメリカではGE社(General Electric)が創業。
ハワイ王国(当時)ではマカデミアナッツの栽培が開始された年でもある。
HAMILTONはアメリカ鉄道網の発展に伴い、高精度の鉄道時計としての評価を確立。
その後、「パイピングロック」や「ベンチュラ」でデザイン性を発揮し、
「エレクトリック」や「パルサー」で時計革命を起こした。
そして、第2次大戦後には朝鮮戦争・ベトナム戦争を通じて防衛産業部門を拡充させるに至る。
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実はこの当時、HAMILTONは時計メーカーから軍用を中心とした精密機器・部品メーカーへと大きなパラダイムシフト(業態変革)の過渡期にあったことを知る人は少ない。この辺の歴史は時代は違うがPANERAIも同様であり、云わば軍向けで食っていた隆盛期。
故にミリタリー時計ブランドとしての代表格を名乗る訳だが、軍とのかかわり方の「本気度」がそんじょそこらの時計ブランドとは違う筋金入りだ。
当時はTIMEXも同様に時計よりも儲かる軍向けの精密機器・計器類が主力品であったのだ。
ミルスペックのMIL-W-3818BやMIL-W-46374註1に準拠した時計サプライヤーの中核として、HAMILTONの存在は軍向け時計メーカーとしての印象が際立つが、
実は当時でさえ時計以外の精密機械の利益がHAMILTONの中心であったのである。
註1米軍のミルスペック46374についてはwikiに詳しい説明がある。ミリタリーウォッチのデザインの系譜観点からも非常に重要な規格である。

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【手巻き38mm径とこの文字盤は現代のデイリーユースとして標準原器となり得る】
閑話休題。
御託はここまでとして、本論のこの時計、過去のKHAKIシリーズ註2のデザインに消化不良を感じている御仁には福音だろう。38mm径はMIL-SPECのオリジナルよりもまだ4~5mm程大きく、HAMILTONのロゴも邪魔であるが、それ以外の余計な文字をダイアル上に記載しなかったのは救いである。
欲を言えばオリジナルと同様に「H3(=トリチウム元素記号3H)」と「放射性物質マーク☢」の刻印も欲しかったが、夜光塗料が「オールドラジウムカラー」のスーパールミノーバ®註3となっているので☢マークは現実的にそぐわないと言うことだろう。
何よりも数字フォントやINDEXや時針のデザイン含めて、ミルスペック#46374を復刻させたのが真骨頂。上記のようなオリジナルとの違いはあるが、現代的なミルスペックの再解釈に基づく復刻版と理解すれば合点が行く。
その味わいを深める為にはMIL-W-3818BやMIL-W-46374の歴代軍用納入時計(他ブランド含め)を熟知する必要がある。
そうすることで温故知新の感慨に耽る愉しみも増幅出来る『オマケ』が付随してくるのだ。
知識と情報を持ち合わせると時計への理解力と愉しみ方もより深まるはずだ。
註2現時点ではカーキフィールドシリーズが拡充しており、37~42mm径と種類が豊富。
ケースサイズの選択肢が大幅に拡大している点は実に好ましい。
註3「LumiNova」「ルミノーバ」は根本特殊化学工業㈱の登録商標である。

このモデルがETA製手巻きCal.2804-2(17石、42時間パワーリザーブ)搭載で復刻されたことは嬉しい。
但し、現行モデルではパワーリザーブ80時間のCal.H-50を搭載している。
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【「下界時計の品格」もまだまだ捨てたものではないだろう】
当時のオリジナルスペック#46374Bでは7石仕様なので、
それと比較すれば今回のムーヴメントの17石はMIL-W-3818Bに準拠した『雲上クラス』に相当する。
手巻きらしい大きめの竜頭も気分だ。
手巻きのクリック感とその巻き上げ音も実に快適で、下手なインハウスムーヴメントより遥かに出来が良い。竜頭の大きさはGlashutte Original(GO)パノリザーブと似て大き目。
贔屓目に言えば手巻きの感触はGOと双璧と言えるほど気持ち良いものだ。
2017年に登場したこの38mm径手巻きモデルはやや大きめのケースサイズとメーカーロゴを除けば、ようやくHAMILTONが復刻モデルの真打を登場させたと言えるだろう。
HAMILTONはMIL-W-3818BやMIL-W-46374に準拠した稀代のミリタリーデザイン復刻の課題を長年、KHAKIシリーズでお茶を濁してきた。そんな今までのHAMILTONのデザイナー陣や市場のニーズを脇に置いてきた企画部隊には苦言を呈したいところだが、こうして手巻き復刻モデルを遅まきながらも実現したことは評価に値する。蛇足だが筆者は実際の戦闘・戦争等で使われた血生臭いアンティ-ク時計には興味がない。
渋い色合いのNATOストラップや味のある革ベルトに換装すれば実用時計として活躍することが可能だ。現行品では文字盤の色も複数あり、SS製ブレスタイプやブロンズケースまで存在するのだから市場での反応も良好だという証左だろう。
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「ラジウムカラー」のスーパールミノーバ®もいい味を出している。
アウトドア専用時計にしておくのは勿体ない。
現代におけるエヴリディ・ウォッチの一つの見本とも言える風格さえ漂う。
「雲上時計」も良いが、こうした蘊蓄満載のさりげない「下界時計の品格」もまんざら捨てたものではなかろう。
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(2023/8/29公開)54460 ※ブログ内容は適宜、加筆修正しています。
