***毎月1本はライカSofort2で撮影したFOTOLOGの第6回目***
【昔は白神社の眼前までが一面海だった】
「白神社(しらかみしゃ)」は広島の中心地、中区中町の平和大通りと広島電鉄宇品線の交差点に面している。かつてこの一帯は海であり、白神社は海に面した岩礁の上に建造されていた。つまり、現在の広島市は5つの三角州から出来ているのだが、約600年前まではこの平和大通り以南は全て海であったことが分かっている。
このあたりを船が通る時に岩礁にぶつからないように、「御幣(ごへい)」と呼ばれる白い紙や布を串に挟んだ目印として岩礁の上に立てたことから「白紙社」と呼ばれ、後に「白神社」に転じたと言われている。尚、御幣とは神具の一つである。
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交差点の周囲にはホテルやらのビル群や真向いにはNHKビルが立ち並ぶ中、その一角にひっそりと佇む白神社をSofort2で撮影してみた。
この場所から100mほど北に歩くと先に紹介した旧日銀広島支店もあるので、白神社とセットで訪問することが出来るだろう。
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中央後方の緑の中に白神社の社殿が見える。巨大な「常夜灯」が目印。
その右隣は「ANAクラウンプラザホテル広島」。かつてはここに「国泰寺」があった。
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白神社の創建年は定かではないが、爆心地から約500mの位置にあった為に爆風で地上の建物は一瞬で壊滅してしまい、昭和30年12月に現在の社殿が再建されている。原爆の熱射線で赤っぽく焼けた跡が残る石造りの「常夜灯」や「岩礁」、そして、「被爆したクスノキ」などの貴重な痕跡を今日でも見ることが出来る「被爆神社」でもある。
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この石造りの手水鉢(ちょうずばち)も、被爆の生き証人であるそうだ。
マクロモードにすればSofort2ではここまで寄れる。
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本殿前の左側の狛犬の頭には角らしきものが1本ついてる。
狛犬に角とはなかなか珍しい。そもそもこれは狛犬なのか獅子なのであろうか?
この辺の詳しい説明が京都国立博物館のHPで解説されているので興味ある方はリンク先をご覧あれ。
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境内東側(右側)にある常盤稲荷神社の鳥居。
28mm相当のレンズは万能に近い画角を発揮してくれるので重宝する。
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二拝二拍手一拝でお参りする間、すぐそばで神主さんがお祓いをして下さった。
これは初めての体験で少々戸惑ったが、実に有難いことでありました。
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常夜灯は高さ5~6mはありそうな巨大なものだが、最上部は原爆で吹き飛んでしまい、後に再建された「被爆常夜灯」である。丸でスカートをはいたように中央部から下の部分は被爆時の熱線で焼け焦げてしまい、赤茶っぽい色に変色している。
この場所が海に面していた昔には、きっと「灯台」としての大役を果たしたことだろう。
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と言うことは被爆後79年でここまで大きく育ったクスノキである。
広島市のHPから引用すると:
『被爆の惨禍を生き抜いた樹木や焼け焦げた樹木の株から再び芽吹いた被爆樹木が、現在でも爆心地から概ね半径2km以内に159本(令和6年4月1日現在)残っています。』
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これが古来からの岩礁であり、その上に「白神社」が建造されたことが分かる。
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【参考:広島に地下鉄がないワケとは】
余談だが日本国内の人口100万人都市は広島市を含めて12都市ある(註1)。
その中で地下鉄がない都市は広島・さいたま・川崎の3都市のみ。
広島でもかつて地下鉄建設プロジェクトが真剣に検討されたが、5つの三角州からなる土地柄も影響して建設コストが莫大になること、及び、既存の路面電車を運営する広島電鉄(広電)が電車運行を円滑にさせる施策を次々と打ち出し、車両の大型化や交通規制等の施策をも推進したことで旅客数の大幅増を実現。結果として地下鉄建設計画の意義や機運が薄れたという歴史的な事情があり今日に至っているようだ(註2)。
註1:2020年10月1日調べ、総務省統計局「国勢調査結果」による。
人口の大きい順から、東京(23区)・横浜・大阪・名古屋・札幌・福岡・
川崎・神戸・京都・さいたま・広島・仙台。
註2:Wikipedia「広島市営地下鉄」の項目を参考。
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そして、来年の春には広電の路面電車がJR広島駅ビルの2階へ直接進入する為に、
現在、路面電車用の乗り入れ高架建設が進んでいる。広島駅南口は大きく様変わりすることになると同時に、JRから広電への相互乗り継ぎも格段に便利になる訳だ。
来春のニュースに期待しようではないか。
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(2024/6/28公開)41820 ※ブログ内容は適宜、加筆修正しています。
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