【ドイツから届いた年末が始まる風景】
クリスマスマーケットはドイツに起源を持つと言われる。
冬の訪れを告げる風物詩として、いまでは日本各地にも静かに根を下ろしている。
規模の大きなものだけでも全国に20~30箇所ほどが数えられるというが、その数字以上に、年末という時間の質感を人々に思い出させる装置として機能しているように思える。
季節が進み、暦が残り少なくなるにつれ、人は自然とこうした場所に引き寄せられる。
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【光が意味を持ち始める時間】
昨年に続き、今年も広島ゲートパークで開催中のクリスマスマーケットを訪れた。
撮影を始めたのは金曜日の夕刻、トワイライトタイム(=マジックアワー)と呼ぶのがふさわしい時間帯だった。この日の日没は17時03分。
空の青はゆっくりと濃度を失い、代わりに電飾の光が少しずつ存在感を主張し始める。
露店の屋根に吊るされたランプやツリーのイルミネーションは、昼と夜の境界線を丁寧になぞるように灯っていた。
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【暖かな空気に集う人々】
風はなく、気温は10度を少し上回っていた。
厚手のコートを着ていれば、寒さよりもむしろ空気の柔らかさが印象に残る。
暗闇が深まるにつれて、仕事や学校を終えた人々が自然な流れで会場に集まり始め、グリューワインの湯気や、笑い声が静かに重なっていく。特別な出来事が起きているわけではないのに、その場全体が確実に「年末」という方向へと傾いていくのがわかる。
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【静かに場を離れる理由】
シャッターを切りながら、毎年同じようでいて、決して同じではない時間を記録しているのだと感じる。光の入り方も、人の歩く速度も、その年ごとの事情を反映して微妙に異なる。
クリスマスマーケットは祝祭の場であると同時に、
一年の終わりを静かに受け入れるための「前室」のような場所なのかもしれない。
そんなことを考えながら、夜の色に沈みゆく会場を後にした。
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脳内記憶は必ず薄れる。
薄れた記憶は写真が救う。
カメラは記憶のタイムマシン。
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(2025/12/20公開)163465 ※ブログ内容は適宜、加筆修正しています。
