【元安橋で時を渡る】
広島平和記念公園にかかる元安橋(もとやすばし)。
その欄干の上、川面と街並み、そして原爆ドームを正面に据えた一点に立ち、僕は一年を通して同じ構図でシャッターを切り続けた。定点撮影とは、場所を変えず、ただ時の推移を写し取る行為である。だが実際に写るのは時間そのものではない。空の色であり、水の量であり、行き交う人々の足取りと装いである。橋は動かない。動くのは世界のほうだ。
.

.
【橋の来歴、静かな要衝】
元安橋は、旧太田川水系に架かる橋として、早くから市中と中島地区を結ぶ要衝であった。現在の橋は戦後に架け替えられたものだが、被爆地の中心に位置するがゆえに、単なる交通施設を超えた意味を帯びている。原爆ドームと平和記念公園を結ぶ動線上にあり、慰霊と観光、日常と非日常が交錯する場所。それが元安橋である。
.

.

.
【定点撮影の場所について】
撮影地点は、橋の中央部、欄干越しに元安川を望み、右手に原爆ドームを収める位置だ。
観光客にとっても定番の撮影ポイントでもあり、立ち止まってスマートフォンやカメラを構える人が後を絶たない。ここに立つと、否応なく視界に歴史が入り込む。
構図の中に過去と現在が同居する、稀有な場所だ。
.

元安橋の一月は、街の呼吸が最も静かになる。人々はコートの襟を立て、言葉少なに橋を渡る。
色彩は削ぎ落とされ、川面は硬く、空は低い。
動かない橋の上で、時間だけが確かに前へ進んでいることを、写真は淡々と告げる。
.

冬はまだ終わらない。観光客の姿は少なく、橋は本来の通路としての顔を取り戻す。
足音だけが一定のリズムを刻み、原爆ドームの輪郭が、低い雲と冷たい光の中で際立つ。
静けさは一月よりも深い。
.

風は冷たいが、光にわずかな変化が生まれる。厚手の上着の下に、春を待つ気配が潜む。
立ち止まって写真を撮る人が増え、橋は再び「見る場所」になり始める。季節は、まだ名乗らない。
.

桜が散り、新緑が橋の周囲を包む。服装は一気に軽くなり、色が戻る。
訪日観光客の足取りは緩み、元安橋は慰霊と日常の間に、穏やかな均衡を取り戻す。
.

最も過不足のない季節。空は高く、川は穏やかだ。人々の装いも自然体で、橋の風景に無理がない。
定点で撮る意味が、最も素直に現れる月でもある。橋は、ただ橋として在る。
.

空気に水分が混じり、傘が風景に加わる。足早に通り過ぎる人、立ち止まる人、
その差がはっきりする季節だ。写真は、湿度まで写し込もうとする。橋は黙って、それを受け止める。
中央後方の山脈が低い雨雲で見えなくなっている。
.

半袖、帽子、日傘。今年は6月末に梅雨明けとなり、まだ7月初めだというのに連日、猛暑が続く。
日傘が女性を表す代名詞だったのは昔のこと。今や男性にも携帯必須のアイテムとなった。
そんな猛暑の中でも、原爆ドームは変わらぬ位置にある。その対比が、写真に緊張感を与える。
.

暑さは極点に達し、橋の空気は張り詰める。観光と祈りが、最も近づく月だ。
人々の表情は真剣になり、足取りも慎重になる。写真は軽やかさを拒み、記録としての重みを帯びる。
.

人出は落ち着き、服装に長袖が混じり始めるが、外国人旅行者はまだまだ半袖・短パン姿が多い。
夏の余熱と秋の気配が同居する不安定な季節。橋の上には、再び日常が戻りつつある。
その移行期の曖昧さが、写真の味になる。
.

光、気温、人の流れ。そのすべてが調和する。元安川の水面は最も美しく、橋の表情も穏やかだ。
観光と生活が自然に交差し、写真は無理なく整う。橋が最も橋らしい月である。
.

色は再び抑えられ、空気が澄む。人々は歩調を速め、橋は通過点としての性格を強める。
修学旅行の生徒も多く、冬への助走が始まり、風景は簡潔になる。写真は余計なものを拒み始める。
.

厚手の服が戻り、一年が閉じていく。年初と似た構図の中に、確かな差異がある。
同じ場所で撮った12枚は、時間が循環ではなく、積み重なりであることを静かに示す。
橋は、また次の年を待つ。
***
.
【消えた風物詩と蘇る時間】
元安橋のたもとには、かつて1992年に現地点に移設されたシチズン製の花時計がある。
初代花時計は1959年、平和大橋の傍に設置されたものだ。
季節の花に囲まれ、観光客の待ち合わせ場所としても長年に亘り親しまれてきたが、今年8月、故障により時針が撤去されてしまった。秒針は数年前に既に撤去されている。
長らく見慣れた風景が、ひとつ静かに姿を消してしまった。
***
余りに寂しい姿となってしまい、いたたまれず今後の対応について公園管理部署に確認したところ、「年内に修復完了予定」との前向きなる回答を頂いたのだ。行政として諸々の経費削減にもご苦労されている折、正直、半信半疑であったのだが、年の瀬も佳境の2025年12月26日。5か月ぶりに新しい時針が装着されて、台座も交換されたのだ。
新年に向けて待望の花時計が復活したのである。
今年最後の締めくくりとして何とも嬉しい結果に立ち会えることが出来た喜びと、ご担当部署の取り組みには頭が下がる思いでいっぱいだ。
.

文字盤の直径は6m、時針の長さ2m、分針2.8m。
しかし、長さ2.9mの秒針は数年前に既に撤去されたそうだ。その青色の取り付け軸が見える。
.

.

願わくば秒針も復活して欲しかったが、メンテナンスの簡易性等を考えると2針式が妥当なところだろう。
時計好きとしてはこの巨大な時針を動かすトルクが必要な機械構造についての興味も尽きないところだ。
***
一方で、平和記念公園内に建つ高さ20メートルのセイコー製の三面文字盤の球体式時計塔(2代目)は、今日も変わらず動いている。毎朝8時15分に鳴る1分間の鎮魂のチャイムとともに、時を刻み続ける姿は、この街のしたたかさそのものだろう。このチャイム音は、環境庁の、「残したい日本の音百選」に平成8年(1996年)選定されている。
.

.
【ゆく年、くる年】
元安橋は語らない。
だが、立ち止まり、同じ場所から見続ければ、多くのことを教えてくれる。
写真とは記録であり、同時に問いでもある。
一年分の12枚は、その問いへのささやかな応答に過ぎない。
.

.
脳内記憶は必ず薄れる。
薄れる記憶は写真が救う。
カメラは記憶のタイムマシン。
.
(2025/12/28公開) 165700 ※ブログ内容は適宜、加筆修正しています。
